遠山の日記
2002年 8月 25日

旅行に行きたくてしょうがなかったのでプチ旅行に出かける。

のりもの写真いっぱい取ったんですが僕の最近不調なスマートメディアアダプタが全部壊してくれたのでありません。

朝8時前の新幹線乗って郡山へ。郡山から「SL磐梯会津路号」に乗る。ふだんはばんえつ物語号で走ってるやつが会津若松より郡山側まで来るやつ。まあ、多分磐越西線の非電化区間走る普段の方が景色もよさそうだが、時刻表を昨日めくっていたら今日たまたまこれが走るらしいので来たのです。

牽引機は C57-180。客車は12系改造してそれっぽくしたやつ。中山宿あたりの峠を登るまで DE10? が補機についていた。

SL列車なんですげえ久しぶり。まあSL列車ってSLそのものに乗るわけじゃないんだけど、思ったよりドラフト音も聞こえるもんだし、煙も結構ちゃんとやってくる。そもそも窓から顔を出して前が見える鉄道がいまどき減っているので、それだけでもなんかすごく懐かしい感覚。高校生ぐらいまでの鉄道旅行はこうだったなあ。

もちろん世代的にSLは懐かしいというよりはおもしろい機械。SLみたいな、機械の動きそのものが形として見える装置って魅力的っすね。

会津若松の隣の七日町駅まで乗っていく。七日町駅前の踏み切りを5分ぐらい封鎖してSLの到着&お見送りの儀式をしていたので踏み切り待ちの車が大変そうだった。でも儀式が見えたので楽しかった。

七日町商店街にあった豆腐料理屋で豆腐づくしの昼御飯定食。てきとに入ったのだがかなり美味しかった。しあわせ。

会津若松市街を小1時間ほど散歩。あえて会津若松ではなく西若松駅に出てみたんだが想像以上に何もなかったのでちとトホホ。でも木製跨線橋がなんかいい雰囲気で良かった。

今度は会津鉄道のお座敷トロッコ列車(おざトロ号)に乗って会津鉄道を田島? に下っていく。とろーんと田んぼの景色を行ったり、川沿いやダムでつけかえられた辺りを走ったり、なかなか良い雰囲気。トンネルの中はかなりうるさく寒かったがまあそれも込みでなかなか。ところであのトロッコはキハ35改造か?

んで会津田島到着。駅付近散歩。旧会津郡役所が格好良い建物であった。

名鉄から買った気動車特急車両は2両ずつで使われていた。1両は途中の駅で放置されていた。なんか会津鉄道車両外装のメンテあまり良くないのであの車両の今後が不安。

会津鉄道は会津田島から会津若松と反対側が電化されているわけだが、まあこれはかなり違和感あるなあ。突然電化。

はるばる浅草から乗り入れて来ている東武の車両に乗って会津高原方面へ。降りようかと思ったが何もなさそうだったので結局そのまま野岩鉄道 へ。

子供の頃、尾瀬への行きか帰りのバスで建設中断中の、後に野岩鉄道になるところの高価を深夜にバスの窓から眺め、こんな山の中にいまから鉄道作るのかと思って以来、一度乗ってみたかったんだが当然用事なんてないし撮影に行くにもトンネルだらけで今回初乗りの野岩鉄道。ウワサ通スムーズな乗り心地にトンネルだらけの路線だった。

つかやっぱ会津鉄道と野岩鉄道が別会社なのかかなり解せません。会津高原、何もないじゃん。

川路温泉か龍王峡で降りようかと思っていたが結構日も暮れて来ちゃったのでそのまま鬼怒川公園へ。

鬼怒川公園の公共温泉に入る。思いの外良かった。

散歩気分で風呂上がりに鬼怒川公園から鬼怒川温泉駅まで歩いたら思いの外遠くてげっそり。鬼怒川公園駅近くのエリアは無理やり伸ばしたのであろう温泉街が廃墟になりかけていてなんかどよんとした雰囲気。鬼怒川温泉の本体エリアは流石に栄えていたが。

鬼怒川温泉駅前、まだ午後7時半なのに全然店やってないってどういう事よ!駅売店のおみやげやぐらい最終の特急までは空けてろコラ!

最終の東武ロマンスカーきぬ号で帰る。なんか風呂上がりに汗かいて冷房が強いところでほとんど寝ていたら具合い悪くなってきた。降りるときに冷房吹き出し調節口がついている事に気づくし。

北千住で降りて駅前のイタリアンで夕飯。リーズナブルであったのだがリーズナブルすぎて量が多くて気持悪くなった。

東京駅トイレでリバース後、帰宅。

どの鉄道会社でも往復もしてない完全片道切符from東京to東京だった上特急とか特別列車ばかり乗っていたので思いの外お金がかかったのと最後に気分が悪くなったのを除けばおおむね楽しいデイトリップby鉄道。

夏の終りの田舎の景色はなんともいえない独特のわびしさみたいなもんを感じるので好きですね。

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